情深い行動              牧師 澤崎弘美

「この外国人のほかに、神を賛美するために戻って来た者はいないのか。」それから、
イエスはその人に言われた。「立ち上がって、行きなさい…」 ルカによる福音書17章11~19節 

 今日の箇所は口語訳では10人のらい病人と訳されている。新共同訳では重い皮膚病という訳になっている。これは当時の医学では正確にハンセン氏病と判定できないから。12節で病気の人たちは主イエスのところに近づくことが出来ない。遠くから声をかけているのは、道で人とあったときは自分が病気であることを言わねばならないから。憐れんでくださいとはほどこしを願う言葉。彼らは人の施しがなければ生きていくことが出来なかった。主イエスならば癒していただけるという確信もなかった。

 

 主イエスは彼らを憐れんで祭司のところに行きなさいと命じられた。重い皮膚病の場合、病気が治ったとき、祭司のお墨付きがなければ元の生活に戻ることは出来なかった。主イエスは肉体的いやしだけでなく、社会復帰への道も考えられていた。それゆえに祭司のところにいきなさいとのお言葉。今日の話はその後の出来事がポイント。10人のうち、戻ってきて主イエスに御礼を言ったのは10人のうちの1人だけであり、彼はサマリヤ人であった。サマリヤ人はユダヤの伝統に生きていないので軽蔑されていた。しかし主イエスは真実の人を見分けられた。それゆえに、戻ってきて御礼を述べるサマリヤ人を評価された。主イエスの恵みを忘れてしまう他の9人よりも、1人のサマリヤ人に真実な信仰を見出した。お願いはするけれども、願いが聞かれたならば主イエスのもとから去っていった人々に、キリストの愛に生きるという自覚はなかった。それに対してサマリヤ人は主イエスの恵みを忘れないで生きようとしている。

 

 日本では昔、ハンセン氏病にかかった人は離れ小島か陸の孤島のようなところに隔離されなければならなかった。日本のキリスト者は総人口の1%未満。しかし療養所内ではカトリックとプロテスタントをあわせるとその数は療養者の1割を超える。療養所内の高いクリスチャンパーセンは私どもにとっての希望。ぎりぎりのところに立つと、人は本来の姿と向き合うようになる。

 

 昭和初期の人権を無視した、らい予防法は撤廃されたけれども高齢になって社会復帰は出来ない。しかし人生の極限においてキリストに出会った喜びの中に生きている。“信徒の友”の文芸欄に療養所から短歌や俳句がよく投稿されている。キリストに出会った喜びが続いている。昔、らいは天刑病といわれていたが、療養所の信者の中には天恵病と受けとめる方もいる。それは苦しみの極みから神に出会ったから。昼は星を見ることはできない。夜になると星の輝きが良く見える。私どもの困難や苦しみは、神に出会うときにその意味や意義が明らかになる。その恵みが生きる力となる。

 

                                            2018年2月 月報掲載